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腱鞘炎と結ばれている。
この絆の強さは範馬親子の結びつきくらい強い。 ずっとついてまわるということだ。 認めたうえで生きていくしかないのだ。 右手首はベンチプレスを変な持ち方でやってしまい腱鞘炎と結ばれた。 左手薬指は指の関節がまったく逆反りしないのを力でカバーしてギターを弾き続けた結果、腱鞘炎と結ばれた。 使わない以外、痛みを消す方法はなし。 体調不良とか寝不足の状態で動かすとすぐに痛みが襲ってきて動きを妨げられる。 手術が必要なレベルまで至ってないのが救いだが、ケアしてごまかし続けるしかない。 範馬親子を前にして承助が「やれやれだぜ」というようなものだ。 このダイヤモンドに関しては砕けてほしいものである。 PR |
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能ある鷹は爪を隠す。
いやいやほんまもんというか本当にぶっとんでるのだがそれが本人にとっては当たり前の偉人はそれを自分の手で触れられる範囲でしかやりたいとは思わないだけなのかもしれない。 偶然というか必然というか、たまたまというか誰かの仕業でというか、そんな偉人と出会うことがある。 自分の場合、その出会いがプラスに働くかマイナスに働くかはその時の精神状態に左右される。 新たなモチベーションとなることもあれば、自分の存在を無にされることもある。 まぁどうであっても悔しいと感じることは確かなようだ。 いい意味でギラギラした状態で常にいたいものである。 せっかくのめぐり合わせをゼロもしくはそれ以下にしてしまわないように。 |
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My Last Decemberのイベントへ行ってきた。
イープラスではSOLD OUTということで、どんな具合になっているのかわくわくしながら。 フロアに入りきれず外にも人が溢れていた。 メンバーがオーディエンスを煽ればオーディエンスは操り人形のごとく踊り狂う。 サマソニのYouTubeの動画でしか見たことがなかったグルグルやデスウォールまでフロアで起こった。 キているバンドのライヴというのはこういうものか、と正直うらやましかった。 テンションがあがって仲間と久々朝まで飲んだ。 帰りの朝日はキレイだったが予想通り宇宙兄弟まで起きていられなかった。 それも許そうと思うだけの刺激が昨日の乙にはあった。 勝ち負けではないが負けらんねぇ。 |
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もはや内臓は若くないのである。
食べ放題は負け戦である。 量より質を求めるお年頃である。 例えば安い肉だと翌日ぐったりお腹は曇り空だが、高い肉だとそうでもない。 野菜は浴びるほど食べたいが肉は適量でいい。 そんなからだになってしまった。 ただし、お酒に関してはどのみちおかわりしまくるので飲み放題でもかまわない。 無論、翌日は荊の1日となるが、止められないのである。 |
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いつ以来なのかわからないくらい久しぶりに新曲を投下した。
黄昏の歌。 コード感やリズムもJIGENNとしては新たな一面を見せているが、最大の武器「ヴァイオリン」も投入されており現時点のJIGENNが濃縮された曲だと思っている。 ここからこの曲は成長していく。 今はまだ感情が先行し過ぎて、かえって伝わりにくい部分がある気がするけれども、それも次第にシンクロしてみんなの心の奥のほうまで侵食することになるだろう。 それにしても毎回のことながら池袋Admでのライヴは楽しい。 顔なじみとの対バンというのもそうだが、新しく知り合うバンドもどこか互いに惹かれる部分があり、これからに繋がっていくこととなる不思議な場である。 昨日あの空間にいてくれたみんなに感謝します。 また会いましょう! |
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同じ考えを持つやつらはたくさんいる。
インターネットの普及により、ほとんどのものが手軽に、しかもフリーで手に入るようになった。 素晴らしいことである。 しかし、例えばライヴハウスなどに足を運ばなくてもライヴが生で見られたりするため、実際の現場としては寂しい現状もあるだろう。 配信映像とリアルな現場との大きな違いは「空気感」だ。 音の大きさが違う。 観客の声がある。 演者と観客、双方一体となって生まれるなんとも表現できない独特な雰囲気、空気がある。 その空間はエクスタシーに包まれている。 実際の生の現場の素晴らしさを伝えようとすると、なかなか一人や一バンドでは力が及ばないことがある。 そこで同じ考えを持つ仲間が集い、生の現場の素晴らしさを体感してもらうべくイベントを発信しようと考える。 我々もそれを実行していたのだが現在中断してしまっていた。 しかし同じような立ち位置で同じような考えでそれを実行しているやつらはいる。 そしてたまたま知り合った。 熱く語った。 この情熱をみんなに届けられるよう、仲間と手を組んで進んでいきたいと思う。 |
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相性とか組み合わせによる化学反応はおもしろい。
凄腕が集まったからといって必ずしも素晴らしいものが生まれるとは限らない。 多分集まったやつらがどれだけ同じイメージを共有できるか、そしてそれを最大限表現しようとしているか、なのだろう。 エゴのぶつかり合いもいいけど引くところは引けるか、柔軟性は必要で自然とそうなるやつらは相性がいいのかもしれない。 そこんとこ、わかってんのかなぁ。 まぁ考えたこともないだろうけど。 考える必要もないんだけど。 なんだって、最高のものができればいいんだけど。 でも相性は絶対にある。 いくら伝えようとしても伝わらないやつとは合わないし。 大丈夫か? たのむぜ。 |
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